求める音


音楽マニアの皆さんは、特にクラシック・モダンジャズといった音楽を好まれる方も多いと思います。オーディオを通して楽しみも含め、一日の疲れを癒す道具として聴く場合。音楽が大好きですから、お近くの劇場やホールなどで生の音楽を絶えず聴いている人ですと、演奏のもつエネルギッシュな躍動感など、生々しい音をリアルに体感します。ポイントとしては、生で聴いた時と同じような感動を、思い起こさせるような音が求められます。


そうすると、 当然音色の正確さが必要になってきます。指揮者の解釈や演奏者が奏でる様々なニュアンスが、正確に再現されることが望ましく。例えば、大型のスピーカーなどでガンガン鳴らすのと違って、小さな音でも色彩が鮮やかで、音色が正確に再現されるようなオーディオ装置でなければいけません。


※同じ音楽を楽しむという目的でも、JBLとかALTECのような大型のスピーカーで聴く場合、広い部屋で思いっきり大きな音で聴きたいとする”欲求”ですと、装置の捉え方が変わってきます。オーディオ世界は多種多様な楽しみ方があって、一概にこの装置は音色が良いからといって、価値基準を押し付けることにはなりません。


低音が出るか出ないかはもちろん大切なことですが、それだけが重要ではなく、最も重視すべき点は正確な音色であると先に述べました。ですから、大型スピーカーで大きな音で聴く人は、低音がしっかり出なくてはいけないですし、弦の音色が生々しく、高い音までスーと伸びきった音が出てほしいという場合には、中高域もバランス良く出力されなければ、いけないとしたものです。


テシマルというスピーカーは非常に良いスピーカーです。小さいので大きい音は望めませんから、大広間とかオーディオルーム向きではありません。棚の上にチョコンとのせて、心地よい音色をさり気なく楽しむようなスピーカーです。そして、テシマルを聴くのであれば、アンプはA1「ミュージカルフィデリティ」みたいなものをきっちり整備「A1は元々中高域が少しぼけたところがある」して、A1の音色の良さをそのまま残したまま、解像度を上げてやれば細やかな音まで正確に聞こえるようになります。


整備されたアンプを使うことによって、テシマルの良さが非常に生きてきます。また、よりテシマルを生かしたいのであれば、音源はアナログで聴くことをお薦めします。アナログ時代の演奏家というのは、現代の演奏家にはない繊細でいて音楽の表現力に豊かさがありますので、より音楽が楽しめるのではないでしょうか。



音色とは


求める音とはと重複しそうですが、音色についてより具体的に考えて見ました。

要約すると、楽器というのは一般の人が手軽に触れるものとすれば、ギターかピアノになるでしょうか。強く引いた時と弱く引いた時など、同じ高さのキーを引いても、強さによって音そのものが変わりますね。軽くそ〜と引いた時と、強く引いた時では、かなり音の雰囲気が変わってきます。


弱く引いた時は耳当たりの良い音になりますが、強く引いた時はきつい音になります。特にギターなどは、思いっきり強く弾くとビーンというような金属的な音になるし、弱く弾くとポロ〜ンという優しい音になります。


それから、最も弱く引いた所から、最も強く引いた間というのは、無段階に音の変化が成立ちます。ほんの少し弱く引いた、ほんの少し強く引いたというのは、区切りがあるわけではなく、上がっていくか下がっていくかのカーブの途中を引いているだけで、無段階で変化するのです。ほとんどは、耳で意識的に聴いていても聴き分け難いですが、人の感覚では何らかの変化として捉えています。


例えば、演奏家が音の変化を上手に使って音楽を表現する際は、この事が非常に生きてくるわけです。楽しいとか、悲しいとか、怒っているとか、泣いているとか様々な感情がありますね。それを一つの楽器で表現する場合に、メロディーとリズムである程度は表現することができますし、歌が入ってくればその言葉でも表現できます。しかし、それだけだと何かもう一つ物足りなさを感じる。この三つの要素だと、その辺にある携帯用のトランジスタラジオでも、駅の構内で鳴っているようなスピーカーでも、一様はニュアンスとしては感じ取れるわけです。


ところが、低音が出る出ないとか、高音が出る出ないとは関係なく、たとえば、・&・社のノ・・・ような高級スピーカーは、低音も高音も出る、周波数特性は平坦、レンジは広い、色々な音が沢山聴こえてくるし、おまけに解像度も良いわけです。しかし、演奏者が演奏した感動というのが全く伝わってこない。要は、音楽の持つ表現が伝わってこないわけです。これは何かと考えた時、先ほど述べた音色の変化を上手に使って表現することが、正確に出ていないからです。よ〜く聴いていると、音の変化が単調なのですね。言うなれば、弦を強く引いた時と、弱く引いた時の音の差がなく、同じような音の表現として聴こえるわけです。


これを生で聴いていると、ほんの少し強く引いただけでも強く引いたなあ〜と、目をつむっていても分かりますが・・・スピーカーを通して聴くと分からなくなるのです。何となく少し大きくなったのかなあ〜と感じることがあるかも知れませんが、音色の変化としては全く分かりません。そして音色の変化で感じるのか、音量の変化で感じるのかも分からないし、下手をすると音色の変化とか、音量の変化を理解していないが・・・何か表現を感じる・・・。とすれば、それは音色の変化というのが、一番の要素としか説明ができません。


名人が演奏した音楽と、素人が演奏した音楽を聴き比べると分かるように、誰が聴いても素人の演奏は単調でつまらないです。演奏そのものは引けているのだろうけど、面白くも何ともない。ところが、名人が引いた演奏は、演奏者・作曲者が解釈した表現が、想像できるような音の聴こえ方をしてくるわけです。楽しい曲は楽しい曲として、悲しい曲はあぁ〜悲しい曲だなぁ〜と、しっかり分かるわけです。それが、素人が引くと楽しいのか、悲しいのか分からないけど、とりあえず指の動きが正確で、素早く動いているなぁ〜と分かる程度で、音楽としてはちっとも成り立っていないのです。


ピアノの名人が演奏する時などは、10本の指全てを使い、それぞれ別々にコントロールするそうです。以前聞いたことがありますが、ピアノの勉強をしていたセミプロ位の方で、プロになれなかった人が名人の演奏を間近で聴いていて、あそこまで指のコントロールは私には出来ないと話しているのを聞いた事があります。名人は巧みに10本の指を使い、音色に多彩な変化を付けて感情表現をしているわけですね。


実際にアンプとかスピーカーなど、いろいろ聴き比べると、あそこでこういう変化がするのに、こっちでは変化しないなどと、ある程度は分かるのです。私が良い機器と判断するやり方としては、音色の変化をしているかどうかというよりも、自分の好きな曲を聴いて、その音楽で感動できるかどうかとか、楽しく聴けるかとか、悲しい曲だと悲しくなるとか、そういう聴き方をするわけです。そうすると、良いスピーカーと悪いスピーカーとの差がはっきり出てきます。


周波数特性はフラット、レンジは広い、低音は出る、高音は出る、解像度は良いなど、何の問題がないわけですが、けれども音楽表現が全然違う。結局のところ、どんな楽器でも、歌でもそうですが、何か感情表現をしようとした場合に、メロディーとリズム、歌詞だけでは感情表現が今一つ伝わってこない・・・要素は何かと考えた場合、音色の変化としか言いようがないのです。


それ以外で要素があるとすれば、人間が解明できていないという事です。


オーディオ評論家というのは、音が良いとか悪いとかなどは一切言わないですね。音色を言う時は大抵は楽器の音です。ピアノとかヴァイオリンとか一般的な楽器の音色で、ぱっと聴いた時にこれはピアノの音色、これはヴァイオリンの音色だねと言う。誰が聴いても分かるような音しか言わないで、ましてや音色が変化するなどとは聞いたことがない。それから生の音に近いかどうかという事も最近では言わなくなりました。


※生の音色に近いと言うのと、生の音色の変化を出すというのは、少し意味合いが違います。生で聴いた時の音色に近いというのは、単純音で聴いた時はこのような表現ができますが、音色の変化まで生と同じ状態というと・・・こちらの表現を理解するのは大変むずかしいです。


生の音に全然近くないスピーカーの代表と言えば、英国のタンノイが挙げられます。ところが何が良いかと言えば、タンノイで聴くと音楽が楽しく聴けるという点では、優れたスピーカーと言えます。ただし、タンノイは癖が強いので、高域のクセの範囲に入ってくると、音色の変化が分からなくなります。また、いい加減な装置でも、結構音楽が楽しめるという場合があります。別に生に近くはないけど、生に近い感動を得ることがあるわけです。それは音色の変化がきちんと出ている証なのです。


それから、JBLのスピーカー(型番を忘れました)の特徴として、音が前に出てくると言いますね。音が前に出てきて素晴らしいとか、ソロが鳴った時は音がグッと前に出てきて最高という言い方をする人がいますが、逆に音が奥へ引っ込むと良くないと言う捉え方なのですね。前に出てくる音とは、細かい音がみな消されて、大きな音がより大きい音で聴こえるという、意味合いだと思った方がいいです。音が奥の方に引っ込んだ音がする。(私が良いスピーカーだと思うもの)なぜかと言うと、収録する時のマイクの位置と、演奏者(楽器)までの距離があるわけです。そうすると、演奏者はスピーカーよりもずっと奥にいるように聴こえる。これは当然な話で、そのような条件の下で録音しているわけですから・・・。ところが、JBLだと音が前に出てくる。そのような録音をしている訳でもないにも関わらず、音が前に出てくるというのは、どこかおかしいのです。


音色がきちっと出ていれば、空間の音まで正確に再生するはずです。普通、録音した時のマイクを拾う音というのは、直接音を拾うと共に間接音も沢山拾っているわけです。スピーカーから出力された音は壁に反射し、時間の遅れと共に音も変化します。壁の材質も含め、その時の部屋の湿度、物の配置など全てに関係してきて、直接きた音と反射してきた音は少し違った音となります。


それがいい加減な装置だと、あっエコーがちゃんと聴こえるねぇ〜と。しかし、それは単なるエコーであって部屋の広さまでは分かりません。エコーマシンを使って鳴らした時のようなエコーなのですね。けれども、自然なエコーの音色の変化まで正確にきちっと出ていると、部屋の広さが何となく感じ取れるわけです。ですから、メディアの収録内容を事前にチェックしておけば、奥の方で鳴って当然と思うことがよくあることです。


奥の方で鳴っているから良くないみたいな言い方をするのは、短絡的でおかしな話です。確かに音がボケちゃて、音が向こうの方へ行っちゃうスピーカーも沢山あります。霞がかかてる音もあります。霞がかかるというのは特徴があって、スピーカーに何らかの癖がある。その癖の影響で様々な楽器の音がボケてしまうわけです。たとえば、楽器が5本あってそれぞれ鳴ったとします。そうすると何か幕がかかったように向こうの方に並んでしまうわけです。ああ〜 この装置は癖があるなぁ〜と感じた時は、大方 その癖で色々な楽器の音が汚れてしまっているわけです。


言葉で音の表現をするのは、非常に難解でむずかしいですが!私が感じることはこのようなことです。



音の定義


オーディオに於ける音の定義がハッキリしていない。

このスピーカーはどういう風に音が良いのかと考えた時に、具体的な音の定義がない。


人によって捉え方が皆違うわけですね。


レンジが広いことを良いとする人もいれば、低音が出れば良いとか、高音が出れば良いとか、 何て言うですかねぇ、物理特性を言葉に変えて表現する人が非常に多いです。


良い音として例えば、その前提に昔から音の良い機械を並べたときに、 蓄音機とレコードプレーヤー、CDプレーヤー、現在のデジタルオーディオを比べて見て、 蓄音機ってもの凄くローテクですね。音の溝を針でなぞって、そのまま機械的に振動板へ伝える至ってシンプルな構造です。 あれが素晴らしく生々しくて、良い音がすると言う意見が多いわけです。


結局、蓄音機の音が良いのはなんだ?


作曲家、演奏者が考えていることが良く伝わってくる!


何が伝わってくるんだ?


音楽に必要な情報が沢山残っていてそれが伝わってくる!


それを言葉に変えると、音色の変化であったり、音色の正確性であったりと言えます。 音色の変化、音色の正確さが出ていると言うのは、音楽の表現につながっているわけです。


そうすると、音楽がおもしろいです!


低音が出なくとも、高音が出なくとも、音楽表現がしっかり伝わってくれば楽しめる。


蓄音機の音の良さはそこなんですね。


高音は出る、低音は出る、レンジはフラットだ、測定器で計ったら歪が少ない バンバンザイ!? しかし音色の変化が聴こえない。音色の変化が聴こえないということは、音楽の表現が伝わってこない。 と言うことは、音楽が面白くない。まで行っちゃうわけです。


テシマルは良い音の定義として、@音色の変化が著しいこと。A音色が正しく確かなこと、と定めています。



TESIMAL vs LS3/5A


LS3/5A という型番は、KEF、HARBETH、SPENDORといった様々なメーカーが作っていますが、ROGERSが本家本元みたいな所があります。人気の理由の一つとしては、BBC規格の小型モニターとしてBBCの図面通りに設計し、デザイン的にいかにもスピーカーらしい形であり、一言でいえばブランド指向が非常に強いというのが一番のイメージでしょう。


確かに音は悪くはないですけど、好みの問題でもあり絶対的とは言えませんが、結局のところモニタースピーカーとしての音なのです。モニタースピーカーは音楽鑑賞用とはハッキリ区別して考えますので、日本のDIATONE 2S-305のモニタースピーカーのように、NHKなどが長く使い続けた経緯があります。物理特性が抜群に優れていて、技術的とか電気的に見た場合に周波数特性がフラットですから、録音した音を聴いたり、エフェクトの効果を確認するのに重要な役割をなす訳です。


LS3/5Aも周波数特性が非常に良い訳です。ただ特性をフラットにする為に、ネットワークを細かく調整しています。逆に言えば複雑な回路構成ということです。


オーディオマニアの人達が皆言っていることは、部品を一つ替えても音が変わるのだと、スピーカーケーブルにしろピンケーブル、電源ケーブルしろ色々ありますが、それぞれのケーブルは音に違いある訳で、良いのと悪いのとハッキリ差があると言うのですね。そのように考えた場合、悪いものを少しでも減らせば良いではないかとする考えが、誰しも当然思うことです。積み重なれば変形しどんどん変形度が増して行くように・・・。


雑誌等に論評する技術者の中にも、部品はできるだけ減らした方が良いと提唱しているのですが、ところが、メーカーの技術者「全てと言ってもいいかも知れません」は、部品の数は関係なしに沢山使ってでも、今測れる特性が適正であればという考え方がほとんどです!


ですから、LS3/5Aはそう言う考え方のもとで作られたスピーカーと言えます。もちろん耳の良い人達が作った訳ですから、部品を慎重に厳選し、ユニットの選定も音色を重視して選んでいる事は間違いないですけど、やはり物理特性を優先するがためにネットワークが複雑化し、それが確実に音に影響しています。音色の変化が自然ではないですし、細かい音が聞こえてきません。高い方の高域は解像度は悪く固い質感。帯域はフラットかも知れませんが、何となく沢山の部品を通ってきたという抜けの悪さを感じます。


たとえば、テシマルを聴くと分かるように、テシマル0.2 テシマル0.3では確実に0.2の方が音色が良いです!0.2と0.3を比べた場合に、0.2の方がネットワークがシンプルです。わずかですが、部品数が少なくそれが確実に音質に影響している訳です。


音が良いと言うのは、音楽を聴いた時に満足度が高いということではなく、音色が正確がどうかと言う点を見ると、1の方が絶対的に優れているということです。これは1が部品数が少ない結果の現れだと思います。


LS3/5Aは特性を優先したスピーカーですが、もちろん日本のメーカーと違って、まだ耳の良い技術者が沢山いた時代で、60年代の終わりから70年代の初頭にかけ、骨身を惜しまず日夜設計していたと思うのですが・・・


初めてLS3/5Aを聴いた時はそれは衝撃でしたね。何でこんな小さいスピーカーが、こんなに高いんだと思いながらも、聴いたらビックリしましてね!これは高いだけの事はあるはと感心したのを覚えています。確かにあの時代は、このLS3/5Aというスピーカーはズバ抜けて良かったのです。小さいながらも低音が出て特性もフラット、小型スピーカーとしてはレンジが僅かながら広かった訳です。それからしばらくして、インフィニティのテシマルを聴いた時は、全てがブッ飛んでしまいました。


それは、余りにも音色の差が大きかった事です!次に解像度ですね。特に高域の解像度の点では全く勝負になりません。


ですが、困った事に今のアンプとかCDプレイヤーで聴くとテシマルが全然良く感じないのです。どういう事かと言うと、テシマルというスピーカーは非常に優れたスピーカーですから、テシマルに限らず80年代〜81年代に作られた、インフィニティ社のRSシリーズは、みな細かい音が正確に出る訳です。そうすると、アンプとかCDプレイヤーの欠点が浮き彫りになり、かえって聴きずらい音になってしまう訳です。ところが、LS3/5Aは物理特性は非常に優れてますが、解像度が良くないということと、結構癖の強い音で独特の音で鳴るんですね。もちろん米国のJ社などよりは癖が少ないですが!高い方の音が何か詰まったような感じですし、細かい音が聞こえないですから、そうすると何が起こるかと言うと、悪い音源が入ってもそのスピーカーの個性で聴かせてしまい、悪い音源が悪く感じないとした現象が生じます。


もちろん、聴感上音の優劣は分かりますが、テシマルほど明瞭ではないのです。インフィニティが比較的市場での人気が高くないのは、このような要因があるかも知れません。


アナログ時代にインフィニティを聴いても、やはりインフィニティの良さを正確に再現する条件が非常に少なかった訳です!たとえば、ステレオサウンドという雑誌の中で、レファレンス用「標準機」のアンプと言えば、決まって米国のM社と日本ではA社でした。双方とも癖の強い粗悪なアンプですから、このようなものを比較用に持ってくること事態が大変な間違いで、アンプの欠点だけが目立ち、インフィニティの良さが損なわれてしまうのです。


ところが、M社、A社のアンプで米国J社のスピーカーを鳴らすと、不思議に良い音で鳴ってしまうんですね。中高域はJ社の音で鳴り、反面、M社、A社のアンプは物凄く決まりの良い低音「音色は最悪」で、このようなコントロールの利くアンプで鳴らすと、J社の締まりのないだらしない低音が非常にしっかりした音で再現され、中高域もそれなりに聴こえてしまうってところが面白いです。ですから、インフィニティのような音色の正確なスピーカーで聴くと、M社、A社のアンプは酷い音で鳴りますが、J社で鳴らすとそれなりに良い音で鳴ってしまうところが、オーディオの不可思議な面でもあります。


つまりは、ステレオサウンドのような影響力のある雑誌が、M社、A社のアンプをレファレンス用として使ってしまうと。当然オーディオマニアの間で評判となり必然的にJ社株が上がり、インフィニティのような優れたスピーカーが、蚊帳の外へ置かれてしまうわけです!


同じ海外製のアンプを使うのであれば、GAS/AMPZILLAとかThreshold/400A、日本製であれば、PIONEER/M4、Lo-D/HMA-9500、DENON/POA-3000とか8000番でも良いですし、又はLAXのトランジスタアンプなどを標準機として使っていれば、この異常なオーディオ世界も良い方向に変貌していたことでしょう。


特にクラッシックを聴いた時などは、J社よりはインフィニティの方がずっと音色が良いのだと、音楽マニアの方であれば直ぐに分かることです。

M社、A社のアンプでインフィニティを鳴らしていたら、音楽の好きな人が聴くと全然良い音で鳴ってないという話になります!良い音で鳴ってないじゃなくて、鳴らしてるアンプが良い音で鳴ってない話で!・・・ これがCD時代になると、CDの音色が酷いもんだから、アンプが多少良いのを使ってもCDの悪いところばかり聴こえてくる訳です!ですから評価というものが偏ってしまう訳ですね。

ひるがえして、TESIMALとLS3/5Aとでは、これまで述べた様々な背景があると言えます。



トータルな音


よく耳にすることですが、仕様など見ながら物理特性はどうだとか、メカはCDM-1は音が良いとか、その他 技術的なことをいろいろ言われる人がいます。ですが、実際に出る音とは余り関係がないと認識すべきです。


どういう事かと言いますと、まだCDが出る前にPCM(PCM録音)の時代がありましたが、様々なメーカーからアダプタが出ていました。あの頃は、14,16,20,24ビット?といろいろありました。切り替えのできる物もありましたし、山水とかソニーも確か切り替えが付いていたと思います。


ソニーの16ビットだったか20ビットだったかはっきり覚えていませんが、ビット数の多い方とビット数の少ない方を聞き比べた時,山水のビット数の少ない方がずっと良い音がしていた記憶があります。


いろいろ調べて見たところ、ビット数に関係なく機器によって音が違うことが分ったことです。つまりは、造り手である技術者がどのような考えのもとで設計したとか、聞き込んだかで音が違ってくる感じがします。


「この事は、CDプレイヤーに限らずオーディオ全般に言えることです!」


例えば、ONKYO/C-700に使われているIC、ピックアップは他のメーカーでも数多く使われていますが、それでは、C-700と同じ音がするかと言えば・・・全く違う音なのです。


要するに、素子などは使う人の腕次第でどうにでもなるということです!


また、DAコンバーターである1ビットICとマルチビットICでは、根本的に方式そのものに違いがあります。聞き比べても見ましたが、マルチビットに比べて1ビットはお話にならないくらいダメでした。


結局のところ、70年代から80年代の終わり位から、フイリップスも含めて日本のほとんどのメーカーが、それまでのビット数から1ビットに変換した訳です。年齢の若さも相まって、日本のものからフイリップス系の高い機器、安い機器まで数多く聴きましたが、音色的には1ビットはほぼ全滅でした。


ですから、メーカーが都合の良いことを ”のべつつまなく” 記していることは、全く信用できないですし、ましてや、音色に精通した知識人なら未だしも、オーディオマニアの方が深く機器を熟知してる訳もなく、多くの機器を聞いたこともない人が、あれこれ述べていることは”たわ言”だと思わざるを得ません。


無論、機器を構成する素子や特性は必要不可欠なものです!が、こと音作りに関しては別物であり、中でも自然な音色に近づける技術力は、一朝一夕で会得できるものではありません。途方もない多大な労力と、日々の絶え間ない探究心があってこそ成し得るものです。ですから、音色の優劣はトータル的な問題であり、部分的な事柄を想像や理論で解決できるほど単純なものではありません。


仕様として寸法・価格を載せていますが、値段で機器の構造そのものの造りが違ってきます。MARANTZ/CD34など定価が59,800円ですから、誰しも安いから大した音はしないだろうと思いますが、ヨーロッパでは20万円以上で販売していた高級機と同等のものを、日本でダンピングして売っていたと言う事を、理解する上でも定価が分かっていた方が良いです。